Photolog

ymgch.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

タグ:広島 ( 7 ) タグの人気記事


2013年 12月 16日

西国弾丸ドライブ 〜鞆の浦(2)〜

町を散策しはじめてすぐに、港に存在感ありありの大きな石灯籠が見えた。
近くへ行ってみると、レトロでおしゃれな鞆の浦カフェの前にそれはあった。常夜燈のようだ。
調べてみると江戸時代からある常夜燈のようで、他にも雁木、波止場、焚場、船番所という港のものが今でもあって
全て現存しているのは全国の港湾でも、ここ鞆港だけのようだ。
ついでに街路も江戸中期からまったく変わっていないという、時代に取り残されたと言ったら語弊があるけど、
昔のまんまのようで江戸時代はおろか、万葉集にも詠まれていたり、あの!魏志倭人伝にも綴られているとか。
日本の原風景のような街並でとても居心地が良い気がするのは、DNAに刻まれた日本人の証しか。

坂本龍馬も縁がある土地のようで、長崎から大坂に向かう海援隊の「いろは丸」と、紀州の軍艦「明光丸」が付近で衝突して、鞆港に曳航中いろは丸が沈没して、日本初の海難審判事故に発展したみたい。
紆余曲折あって、結局紀州藩が土佐藩に今の価値にして数十億円の賠償をすることで折れ、長崎で支払われたわずか8日後に、
龍馬は京都で暗殺されたという歴史。

そんな歴史ある街路を歩いていると、狭い路地に生活感漂う路地。車の往き交う道端では、おばあちゃんが海産物を売っている。
井戸端会議などもちらほらと窺えるが、このほのぼのとした風景も何時まで見られるだろう。
超高齢化が目立つ限界集落の行く末は?と思うと、消えて欲しくない光景だ。
いつまでも道端でおばあちゃんがイカの一夜干しを売っていて欲しい。

そんな光景や雰囲気が、宮崎監督の琴線に触れたのだろう。
他にも映画のロケが盛んに行われているそうで、売店のおばちゃんが「この前、ヒュージャックマンが来てたよ」と言っていた。
「ウルヴァリンSUMURAI」のロケで来てたんだろう。常夜燈の前で撮影してたそうですよ。

あと、良く目にしたのが「保命酒」の看板。昔ながらの造り酒屋もあったり、歴史的重要文化財もあった。
お土産に瀬戸内の養命酒こと保命酒をひとつ、小ちゃいの買ってきた。養命酒を飲んだことないから
比べられないけど、漢方のお酒って感じ。ちょっと甘ったるくて、なんとも独特の風合い。
養命酒は徳川家康に献上されたことがあるので江戸初期からあったようで、保命酒も同じ頃から製造販売してたみたいだね。
でも養命酒は医薬品扱いで、保命酒はそうではないようです。

最後に、かつての鞆城址、今では歴史民俗資料館のある高台に登ってきた。
暮れなずむ鞆の町が何とも言えない光景を放っている。しばらくぼぉ〜っと瀬戸内の海を眺めていたのだった。

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
f0157812_20552818.jpg
f0157812_20554977.jpg


More・・・・・あと18枚、鞆の浦での写真がありますよ!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-16 08:02 | drive | Comments(2)
2013年 12月 15日

西国弾丸ドライブ 〜鞆の浦(1)〜

三原を後にして、尾道をバイパスで抜け、福山に入って鞆へ南下してゆく。
はじめ、高台から鞆の町へ下って行くのだけど、いかにも「港湾」と言った趣きのある鞆の浦が見渡せた。
あれが「崖の上のポニョ」の舞台の町だ。

町へ近づくと、道の狭さが目立つ。映画公開後、こぞって観光客が押し寄せた時は、渋滞が絶えなかったという。
普通なら一方通行になるだろう道の狭さのところを、両方向から車が通行しているのだから大変だ。
車ではなるべく通りたくないような道の狭さだが、何とも趣きがあってクルマで通れたことにちょっと感動。

ポニョの舞台となったのは、(たぶんジブリの)社員旅行で訪れた宮崎駿監督がここを気に入り、実際2ヶ月も家を借り切って
自炊生活しながら構想を練ったという。
実際ポニョを映画館で観たけれども、鞆の浦を訪れた今、改めて映画を観たら感慨もひとしおなのかな。

駐車場にクルマを停め、散策しながら町へ繰り出してみよう。(つづく)

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
f0157812_3112742.jpg
f0157812_3115879.jpg


More・・・・・あと9枚、鞆の浦での写真がありますよ!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-15 08:15 | drive | Comments(0)
2013年 12月 14日

西国弾丸ドライブ 〜お好み焼き〜

忠海を離れ向かう先は、「崖の上のボニョ」の舞台のモデルになったと言われる町。
何処かおわかりかな?
でもそれよりお腹減っちゃったよ。瀬戸内で海に近いから、海鮮丼なんていいかなぁとクルマで走りながら
良さそうなお店があったら入ろうと、海沿いを東へ向かった。

三原の市街へ来たところで、海鮮も食べたいけど、広島って言ったらお好み焼きじゃない!」と思い、「三原 お好み焼き」で検索。
真っ先に出てきたてっちゃんというお店が、ちょうど現在地の近くにあった。
そこは山陽新幹線も停まる三原駅前で、大きなコインパーキングもあったので駐車し店へ。

午後2時。鉄板焼きのカウンターと数席の鉄板テーブルがある小ぢんまりとした店内に2〜3人の客。
カウンターに席を取りメニューを眺める。関東の人間で、お好み焼きにはあまり詳しくないけど、基本の「お好み焼き」より
ちょっと豪華な「スペシャルモダン焼」を注文した。4種の具材の内から唯一もつが入ってる具材セットを選ぶ。
目の前でじっくり焼かれるお好み焼きから揮発するソースの焼けた匂いで、この日まともに食べる最初の食事なんだと気付かされる。

厚みも直径も食べ甲斐もありそうなスペシャルモダン焼(1,200円)。
鉄板に乗ったままヘラで食べるのが普通なんだろなと思っていたら、観光客オーラを発していたのだろう、
皿と箸を用意してくれた。
なので最初箸を使って食べはじめたが、ここはヘラで食べ切ってやろうと、皿もエマージェンシー扱いにした。
この店のオリジナルだと言うソースが甘く香ばしく、鉄板の上でいつまでも冷めない熱々のお好み焼きが
出店や惣菜として食べるものとは大違いで美味しく感じられた。

満腹感と幸福感で満たされ店を出ると、目的地を「鞆の浦」に設定。いざポニョの待つ町へ。

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
f0157812_4581033.jpg
f0157812_4582641.jpg


More・・・・・あと3枚、広島ならではのお好み焼き写真があります!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-14 09:00 | foods | Comments(0)
2013年 12月 13日

西国弾丸ドライブ 〜大久野島(3)〜

もうね、特にうさぎの子供達はカワイイ訳よ。ふわふわであどけないの。
日向ぼっこして、眠たそうにしてると、そのままお持ち帰りしたいね☆
実際どうなんだろ?この島のうさぎ達は、誰のものでもないでしょ?もはや野生なんだから。
拾って帰る人とかいるのかなぁ?

そんな「うさぎの楽園」こと大久野島だが、過去には地図からも消された負の歴史があるのをご存知だろうか?
戦時中、この島は日本軍による「毒ガス製造工場」だったのです。国際法上禁止されていたにも関わらず製造していたので
地図上からは消されていた。
イペリットガス、ルイサイトガス、クシャミガス、催涙ガスなどを製造していたらしい。
島内には「毒ガス資料館」があり、負の歴史を今に伝えているそうだが、今回は訪れていない。

調べてみると、戦後米軍などによって半年で雑に処理されたようだ。
島内の地中に埋没処分したり、焼却処理したり、土佐沖(これも怪しいらしいが)に船ごと海洋投棄したりしてる。
そして島内の土壌にカルキを数センチの厚さで撒き(その量から全ての土壌に撒かれてないらしい)除毒したと。

そして何故現在のようなうさぎの楽園になったかと言うと、通説では現在野生化している700羽を超えるうさぎは
島外の小学校で飼育されていた8羽のうさぎを放したのがきっかけだとしている。
しかし毒ガス資料館元館長へのインタビューにあるように、それより過去にもうさぎがいたと言う。
戦時中にはうさぎを実験にも使っていたと言うし、食べてもいたと。(うさぎ肉は西洋では食べられているよね)
戦後処理でうさぎも処理されたと言うが、繁殖力満点のうさぎの全てを処理できているのだろうか?
それより完全に除毒されてないだろう土地で、今なお増え続けるうさぎさん。毒ガス貯蔵庫付近や防空壕などは
今でもヒ素などに汚染されているという。そしてその付近のうさぎには今でも毒に冒されているような個体もいるようだ。

ヒ素が地中に染み出ているだろう土壌の地下水などへの影響も計り知れない。
うさぎにちょっと会いに行くだけならまだしも、休暇村に宿泊するのはちょっとコワくない?
休暇村の建設自体、ちょっと怪しいんだから・・・。
上記のリンクから、3時間に及ぶ元館長へのインタビューに一度目を通してみるといいだろう。

でもまた訪れてみたい島だな。うさぎの写真をもっと撮りたいし、島内散策して廃墟や毒ガス製造所を見学してもみたい。
今回は早めに切り上げ、12時45分の船で忠海へと帰って行った。夕方前にちょっと行きたいところがあったからね。

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
文脈とは対極の光景
f0157812_1958855.jpg
f0157812_19583274.jpg
f0157812_19584820.jpg
f0157812_1959968.jpg


More・・・・・あと22枚、「うさぎの楽園」大久野島での写真があります!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-13 08:00 | drive | Comments(0)
2013年 12月 12日

西国弾丸ドライブ 〜大久野島(2)〜

いよいよ、うさぎが群れを為す休暇村へとやってきた。
休暇村の前は広場になっており、島でもこの周辺に多くうさぎがいるようで、その通り見渡す限りのうさぎがいる。
そりゃ観光客がいて、100円で買えるうさぎのエサをバラ撒いてくれれば、当然そこにうさぎは集まる。
自分も休暇村のフロントでうさぎのエサを購入し、いざうさぎの中へ突入する。

エサを持っていようがいまいが、人に向かって突進してくる。
これはなかなか写真を撮る身には、いささか厳しい条件だ。まっすぐ向かってくる被写体にフォーカスを追従させつつ
フレームに収めるのは至難の業。EOSのAIサーボが唸りをあげる。
しかしエサを持ってしまった状態で、低くカメラを構えようもんなら、瞬く間にうさぎ達に囲まれエサを奪われてしまう。
そこで写真の撮り方を変えた。エサをレンズ近くに持ち、それで釣りつつベンチなどの高台へ呼び寄せる。
釣られて登ってきたうさぎはエサには届かないが、一生懸命エサを取ろうと欲しがる。そこを狙うのだ。
少々可哀相な気もするが、良い写真が撮れたうさぎには、たんと褒美を授ける。
と言ってもなかなか難しいや。思い通りの画は撮れないもんだね。。

そうやってエサで釣って写真を撮ってると、なんとエサの入ったコップごと喰わえ奪われた!
地面にエサのペレットがバラ撒かれるや、一斉にうさぎ達が寄って集ってきてエサを食べてしまう。
少しでも奪い返そうと必死に拾う自分。しかし9割ほど食べられてしまった・・・。
また100円出してエサを購入してもいいのだけど、エサを持ちながらじゃ写真が撮り辛くて仕方ない。
あとはエサなしで、なんとかうさぎ達の写真を撮ることに専念したのだった。(うさぎの楽園はまだつづく)

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D>
EF35mm F1.4L USM
f0157812_1525689.jpg
f0157812_1531458.jpg


More・・・・・あと22枚、「うさぎの楽園」大久野島での写真があります!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-12 08:00 | drive | Comments(0)
2013年 12月 11日

西国弾丸ドライブ 〜大久野島(1)〜

10時40分。ついに「うさぎの楽園」こと大久野島に上陸です。
フェリーから島へ降り立ったのは、自分ひとりだけだった。
休暇村大久野島への無料送迎バスがわざわざ待機してくれていたが、休暇村まで徒歩10分程度だというので歩くことにした。
ちなみに送迎バスは、船の発着に合わせて桟橋まで送り迎えしてくれるのだそうだ。

桟橋に着いた時からわかっていた。そこらじゅうにピョコピョコ動いているものを。
まるで自分を迎えてくれているかのように、うさぎが寄ってくる(喜)
しかし当然出迎えてくれているのではなく、エサを求め駆け寄ってくるのだ。しかしもらえないと悟るや、そっぽを向いてしまう。
送迎バスの下にもうさぎが隠れていて、轢かれないか心配になる。クルマで島へ渡ろうもんなら、気が気じゃないだろう。

しばらく海沿いの朗らかな道をゆくと、数人の観光客も目にする。この島にいる観光客は、99%兎人(うさんちゅう)なんだろな。
クルマで乗り入れ可能なキャンプ場なんかもあるので、ここで天気の良い日にキャンプをしたら、最高だろうなと思った。
バーベキューなんかしてたら、うさぎに囲まれちゃうかな?w

地面に窪みが点在しているのは、うさぎが掘った巣のようなものだろう。この島のうさぎの種類は、アナウサギというらしい。
ポロポロ丸く転がっているのはもちろんうさぎの糞だけど、ニオイもないし汚い感じがしない。
今になって思うけど、あれだけの動物が集団でいるのにも関わらず、ニオイが気にならないってのはいいね。

さてそろそろ、島で一番うさぎのいる休暇村へと近づいてきた。(うさぎの楽園はつづく)

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D>
EF24-105mm F4L IS USM
f0157812_14101078.jpg

EF100mm Macro F2.8L IS USM
f0157812_14111917.jpg


More・・・・・あと19枚、「うさぎの楽園」大久野島での写真があります!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-11 08:00 | drive | Comments(0)
2013年 12月 10日

西国弾丸ドライブ 〜プロローグ〜

11月下旬のNTV「ベストアーティスト2013」以降続いた異常な睡眠不足。全く寝られない程、仕事と仕事が繋がっていた。
その罪滅ぼしなのか、12月1日国立競技場での大学ラグビー早明戦の中継終わりで、珍しく2連休だと前もって言われた。
普通なら連休を睡眠不足回復に充てるのだろうが、連休と聞くや「旅」を企ててしまう性分なのが悪い所。

仕事の合間に、何処へ行ってやろうか思いを巡らす。5月下旬には東北を旅したので、今回は西かな?と。
いくつかプランはあった。四国へ渡ってうどんを食べまくるとか、九州まで足を伸ばしてやろうかなど。
結局詳細なプランは立てずに、とりあえず行き当たりばったりで西へ向かうことにしたが、最初の目的地だけは決めていた。
そこは瀬戸内海に浮かぶ大久野島という小さな島だった。
そう、知る人ぞ知る「うさぎの楽園」である。

夜10時。いつもの気兼ねない弾丸ドライブ一人旅の始まり。行けるとこまで一般道で行ってやろうと国道246号を西へ。
午前中には大久野島に行っておきたかったし、自宅からの距離はざっと700kmを超えるのだから、一般道だけでは無理だ。
どこから高速に乗るか?だが、深夜帯にかかればETCで高速も半額で行けるので、それを利用しない手は無い。
そんな中、連日の睡眠不足が忍び寄ってくる。仮眠は必須な上、何よりも距離も稼がなければならないのなら、
早い段階で高速に乗ってしまおう。ケチってばかりはいられない。夢見る少女でもいられない。

新東名の長泉沼津ICに流入したのは、日付が変わる頃だった。
夜のハイウェイは景色もなく単調で、間もなく睡魔が襲ってきたので、静岡SAで小1時間仮眠した。
走行再開後、エナジードリンク服用の甲斐も無く、深夜3時東名阪の御在所SAで小休止。
朝の京阪界隈の渋滞が始まる前に中国道、山陽道へと抜けておきたかったので、ちょっと無理をして走り続けた。
朝5時、渋滞前に無事兵庫県入りし、山陽道の三木SAでようやく長めの仮眠。
仮眠は、CR-Zの足も伸ばせない狭いラゲッジスペースに寝袋で寝る。外も車内も寒いけど、ダウンの寝袋は暖かく快適です。

大久野島はまだまだ遠く、龍野西SA、福山SAを経て尾道ICから流出したのが9時半だった。
そこから三原駅前や田舎道を走ること1時間で、大久野島への渡船が出る忠海港に着いた。
無料駐車場に停めてカラダを伸ばすと、暖かく穏やかな空気が体内に入ってくる。
港の桟橋前に渡船のきっぷ売り場や売店がちょこんとあり、犬が寝転んでいる。
自動券売機で往復600円の乗船券を購入。お手頃なのは、瀬戸内での渡船は日常の足だからだろう。
10分も待たずに小型のフェリーがやってきた。大久野島は基本車で渡れないが、先の大三島へ渡る人が車で乗船するのだろう。
少々ぞんざいに船員に促され眺めの良いデッキへと上がると、瀬戸内の海は凪いでいた。
大久野島へは片道12分の距離なので近く、高い鉄塔から高架線が島へ渡っている。
大型から軽自動車まで5〜6台を乗せ、手際よく出港してゆくと、風はやや冷たいが船室に入るつもりはなく、瀬戸内の海を眺めていた。
忠海港が遠ざかると同時に、大久野島が近づいてくる。さぁ、「うさぎの楽園」まであと少しw

にほんブログ村 写真ブログ 日常写真へ

<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
f0157812_514574.jpg
f0157812_514506.jpg


More・・・・・あと11枚、大久野島へ向かうまでの写真があります!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-10 09:00 | drive | Comments(0)