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2017年 10月 06日

中国大返しツアー(尾道ラーメン)

旅2日目の昼までびっちりだった行程も錦帯橋をもって終了。このあとは行き当たりばったりで行く。
というのも2泊目の宿は取っていない。いわゆる健康ランドってやつで仮眠する。
チェックインの時間制限もなく、23時間営業なので夜のうちに到着できればいいのだ。

錦帯橋を後にしたのが15時で、ここからケチケチと岡山にある健康ランドへ向かう。
広島市街の混雑を避けるのともみじ饅頭をお土産に買いたかったのもあって、宮島スマートICから山陽道に乗った。
宮島SAでは各メーカーのもみじ饅頭がバラ売りしてある広い売り場があり、大変助かるオススメの場所だ。
オーソドックスなもみじ饅頭以外、ほとんどのやつをバラ買いしてお土産とした。

広島市街を回避して志和ICで高速を降り、国道2号線で東広島、三原と経由し尾道へ到着したのは、夕食にちょうど良い時間になっていた。
尾道と言えば尾道ラーメンなので検索すると、一番の老舗で行列店は残念ながら定休日だったので、あとは適当に店を決めた。
向かった店は牛ちゃん。店に入ってみると、各テーブルに焼肉用のロースターがあるので「あれ!店間違ったかな?」と思ったが
この店は焼肉屋で、ラーメンも出してる店のようだった。
尾道ラーメンの特徴は背脂!ラーメンの脂は排除したいと思っているが、尾道に来てそんなことしたら意味がないので素直に受け入れる。
澄んだしょうゆ系スープには、見たことのない大粒の背脂が所狭しと浮いていた。麺は細めのストレートで、焼肉屋を主張する
大きなチャーシューが鎮座している。
食べて見ると背脂の存在を感じないくらいサッパリとしたしょうゆ味のラーメンで、焼肉を食べた後にでもスルスル行けてしまいそうだ。
今思えば、焼肉を突きながらラーメンを啜っても良かったな。

この店のすぐ近くに松愛堂という菓子屋があり、隊員のひとりが気にしていたはっさく大福が売っていた。
広島の隠れた名物のようで、ひと口もらったがいちご大福より甘みと酸味のバランスがかなり酸味側に寄っている印象。
日持ちがしないので買わなかったが、すぐ帰れる出張とかには、広島土産のひとつにいいかもだ。

再び国道2号線を東へ、福山、岡山県に入って笠岡、倉敷、岡山とケチケチ移動した。
稲荷山健康センターに到着したのは、確か22時前くらいだったか。この手の健康ランドは、長距離ドライバーや不規則な就労勤務者で
混み合ってるイメージだが、ここは空いていて快適だった。街道沿いにないところが要因だろう。
ここは、長距離移動のため高速代やガス代が嵩む訳だが、旅の打ち合わせ時に隊員が見つけた場所だった。我々には大当たりである。
朝までいる客は深夜料金込みで3,000円だが、JAFカードをチラつかせて2,700円にした。
ロッカーに荷物を入れると、この初の温泉へジャブンだ。名物という漢方励明薬湯に入ると、全員急所をヤラれてしまった!
薄いカレー味で煮込まれているようなスパイシーな湯だった。
入浴後はすぐに仮眠室へGOで、隊員たちは眠りに落ちた。自分も超寝不足のはずだが、なかなか寝付けなかったのは尾道から岡山まで
助手席で寝落ちてたからかな⭐︎


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<iPhone 7>
焼肉テーブルで尾道ラーメン
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牛ちゃん
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More・・・・・あと8枚、尾道ラーメンと健康ランドの写真がちょっとあります〜

by ymgchsgnb | 2017-10-06 10:03 | foods | Comments(4)
2017年 10月 01日

中国大返しツアー(宮島口)

観光客が押し寄せはじめるタイミングで、我々は逆に宮島を後にした。

宮島口へ戻ってくると、土産物屋もオープンしつつあったが、腹ペコな我々は美味しいパン屋さんがある情報を嗅ぎつけた。
海辺の手作りパン屋さん「エッフェル」はフェリー乗り場近くの土産物屋と軒を並べた絶好の場所にあった。
素朴な普通のパン屋さんといった構えで、ちょうど朝のパンが焼きあがってるタイミングもあって、これにて朝食とする宣言。

買ったパンを店内の小ぢんまりとしたイートインスペースで頂くのもいいが、我々は店の外のテーブル席で頂いた。
私が食べたのはまん丸の揚げたてカレーパンと、BLTトーストだ。
カレーパンはめちゃくちゃ熱くヤケドしそうなまでの揚げたて。中のカレーも柔らかめで辛口だった。
逆にBLTはトマトソースが甘めで、味のバランスが取れた朝食になった。

すぐ近くのもみじ饅頭屋もオープンし、店で焼きたてをバラ売りしてるので1つ頂く。
もみじ饅頭をつくる菓子メーカーはたくさんあって、それぞれ違う味を提供しているが、ここのはこしあんが白あんに近く
焼きたてホカホカしっとりのもみじ饅頭は初めてだった。

三々五々別れて土産を見たり買ったりして次の場所へ移動しようとしたら、名物あなごめしの発祥店うえのもオープンしてたので
無くなり次第終了の弁当を無事このタイミングでゲット。
実際あなごめし弁当は昼前くらいに車中で食べたが、4人でひとつの弁当(あなご1列分)をだなんて1杯のかけそば気分だね。
1つ2,000円するし、お腹もいっぱいだったからね。。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
エッフェルのパン
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<iPhone 7>
あなごめし
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More・・・・・あと22枚、宮島口での写真がありますけぇ

by ymgchsgnb | 2017-10-01 09:00 | travel | Comments(2)
2017年 09月 30日

中国大返しツアー(厳島神社・後編)

厳島神社の順路は東から西へ抜ける。出口を出ると大願寺があるが寄らずに浜に出た。
ワカメなどの海藻が打ち上げられている。空には雲も無くなり、この度随一の晴天になった。
陽射しも暑く夏の海といった様相だ。
晴天の大鳥居をバックにここでも記念写真を撮影した。

帰りは境内を通らずにも帰れるのだが、海水に満たされた状態の厳島神社も見たいので、境内に戻り時を待った。
ちなみに出口からは無料で入れるけど、入口から出る時にチケットを見せないといけないからズルはしちゃダメ。
でも出口から入って、出口から出れば・・・天罰が下るよ。

思っていたより潮が満ちてくるのに時間がかかった。満潮は10時だが、我々には時間がない。
この後の予定が決まっていて時間厳守だからだ。
7時半を過ぎてようやく海水が床下に迫ってきた。その時を同じくして修学旅行生が大勢やってきた。
始発の次の便で来たのか、意外に早かったのでギリギリセーフだった。潮が満ちるより早く彼らが境内に満たされた。
入れ替わるように我々は境内を脱出。難を逃れた。

しかしまだ商店街は営業前だった。数店舗だけでもいいから開店して欲しかったが、方針を変えた。
宮島で営業開始を待つより、宮島口にも少なからず土産物屋があるのでそちらで買い物は済ませるべくフェリー乗り場へ向かった。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
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祓殿
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More・・・・・あと22枚、厳島神社での写真があります!!

by ymgchsgnb | 2017-09-30 09:00 | travel | Comments(2)
2017年 09月 29日

中国大返しツアー(厳島神社・前編)

日本三景は安芸の宮島をもってコンプリートと相成った。
まだ寝静まった商店街ではなく、海沿いの道を歩いてゆく。
神の使者だろうか、鹿が所々にいてフンも大量に散らかっている。それらを掃除するのが商店の人たち朝の日課だろうか。
海沿いのカーブに常夜燈が沿って並んでいる。まだ潮が引いているので、長い砂浜も存在している。
湾に入ると、見る見る潮が満ちてくるのがわかる。フェリーから見えた海岸線は大鳥居の近くにあったが、今ではもう神社へ迫っている。

そしてこの日も世界遺産へやって来た。厳島神社の創建は推古天皇の時代で6世紀のこと。
私の中では、神話と現実の狭間の時代と認識しているが、史実エピソードも数多ある。
今の姿になったのは平清盛の時代で、以降様々な都文化が入り発展していったのだという。
そんな歴史ある国の宝に300円を支払い、有り難く足を踏み入れる。

この日入った初めての観光客が我々なのだろう。ほとんど人はいず、ゆっくりと見て回ることができた。
まだに早起きは三文の徳といえよう。

厳島神社の御祭神は宗像三女人。アマテラスとスサノオによって生まれた三姫だという神話だ。
そう言えば宮島口の地下道にカワイイゆるキャラみたいな3人の女の子が描かれてたな。

そして厳島神社のフォトジェニックは何と言っても、沖合にある大鳥居。インスタ映えするんだろな。
桟橋でそれをバックに記念写真を撮るにも、この時間なら景色を占有できた。
ゆっくり写真を撮ったり、見物したり、御朱印を書いてもらったり各々の時間を過ごした。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
大鳥居
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客(まろうど)神社と五重塔
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More・・・・・あと22枚、厳島神社での写真があります!

by ymgchsgnb | 2017-09-29 08:00 | travel | Comments(2)
2017年 09月 28日

中国大返しツアー(安芸の宮島)

2日目の朝も早い。まだ薄暗い5時には起床し支度して出発。
廿日市までのバイパスはほぼ高速並み。フェリーの始発に間に合いそうだ。
宮島口からのフェリーで最も早いのはJR西日本フェリーで、始発は6時25分。片道180円の往復360円だ。
平日なのでさすがに混雑はなく、観光客は我々も含め10人もいなかったんじゃなかろうか。
生活の足として使っている地元の人と見られる人が大半で、それでも20人もいなかっただろう。

朝の内はまだ雲が多いが、やがて晴れてくるだろう。雲間から朝日がシャワーのように降り注いでいる。
厳島神社大鳥居が徐々に大きく見えてくる。干潮から2時間余りしか経っていないので、大鳥居の先はまだ干上がっていて
島に宿泊していた観光客か、大鳥居の近くの波打ち際に数人見えた。
背後の弥山も雰囲気があり、時間があれば登ってみたい山だ。

宮島口から宮島まではフェリーで10分。6時半過ぎには宮島へと渡っていた。
まだ静かな観光地。表参道の土産店は静まり返っていて、鹿がそこらで草を食んでいる。

我々のようにクルマで宮島で訪れる人は、宮島口での駐車場探しがひとつの課題だろう。
いくらでも駐車場はあるが、フェリーターミナル近くの相場は1日1,000円で、駅向こうの遠い方でも500円以上らしいが
今回停めたのは1日400円。如何にお得に停められるかを下の写真で紹介しよう。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
始発フェリー
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More・・・・・あと20枚、宮島口でのお得な駐車場紹介写真とフェリーでの写真がありますけんね

by ymgchsgnb | 2017-09-28 08:00 | travel | Comments(2)
2017年 09月 27日

中国大返しツアー(原爆ドーム&平和記念公園)

広島城を後にした一行が次に向かったのは、今は原爆ドームと呼ばれていて、世界遺産に登録されている。
言わずと知れた1945年8月6日午前8時15分、この上空約600mでリトルボーイが炸裂した。
熱線により地表温度は約3,000度、秒速440m以上の衝撃波によって街は消し飛んだが、広島県産業奨励館は爆心地にもかかわらず
これだけの姿を残し、今にその当時を伝えている。

夜景の中でライトアップされ、綺麗で素敵な洋館とも思えてしまうが、悲劇中の悲劇の舞台。
そこには生々しさを超えた世界だったことだろう。
周囲には海外からの観光客も多かった。

元安橋を渡り平和記念公園へ向かいます。
モダンな設計で広がる公園で、昼間は市民の憩いの場なのだろうか。
近年は、オバマ大統領が慰霊に訪れてザワついたね。

原爆死没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と彫られている。
間からは、1964年から燃え続ける「平和の灯」と原爆ドームが見える。ここで記念集合写真をパチリ。

厳かな気持ちをあとに残し、ほど近いホテルへ戻り長い1日を終えた。
数日2〜3時間睡眠が続いているが、夏休みとて睡眠が十分に取れる我々ではない。
旅2日目へつづく。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)
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原爆慰霊碑
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More・・・・・あと13枚、原爆ドームと平和記念公園の写真があります

by ymgchsgnb | 2017-09-27 08:00 | travel | Comments(2)
2017年 09月 26日

中国大返しツアー(広島城)

夜の城もまた良い。ここは日本百名城に数えられる広島城
お堀に鯉がたくさんいたのか鯉城(りじょう)とも呼ばれ、それが広島カープの由来にもなったのかな?

毛利輝元が低湿地の難工事の末築城した城で、築城の名手黒田如水(黒田官兵衛)もこれに関わっているという。
関ヶ原の戦い後、西軍の総大将だった毛利輝元は広島去ることになり、代わりに福島正則が入る。
そして大規模に改築や城下町づくりを推し進めた結果、徳川家康に「やり過ぎ!」と叱られ、福島氏は飛ばされる。
その後、浅野氏が12代250年間統治することになったようです。

明治以降は軍都として栄えた広島、日清戦争の際は広島城が大本営になったそう。
やがて太平洋戦争で悲劇の地となった広島。爆心地からそう遠くない広島城は、それまで現存していた天守ごと全て消失。
被爆後の航空写真を見ると、お堀以外は更地と化してましたな。。
現代はご覧の通り復元されている訳ですが、毛利時代の様子は知る由もないというところ。

外堀からライトアップされた天守は遠くに見えたが、どこまで近づけるか暗闇の城内を進んでみますと、広島護国神社に
明かりが灯っていて雰囲気を醸してました。
天守の足元までも行けました。工事中のようですが、昼間はお金を払って天守に登ることもできるそう。

帰り際振り返ると、広いお堀にライトアップされた広島城が映り、なぜだか凛々しく感じた。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
広島城
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城内の護国神社
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More・・・・・あと9枚、夜の広島城の写真があるけんね

by ymgchsgnb | 2017-09-26 10:11 | travel | Comments(2)
2017年 09月 25日

中国大返しツアー(広島風お好み焼き)

広島カープが2017年セリーグのペナントレースを制した直後の広島に初上陸。ひと月以上前から予約してたホテルへチェックイン。
眺望の良い角部屋なのだが、なんと4人部屋!ほんの数時間の滞在だ、ケチケチ旅四人衆には御誂え向きと言えよう。

身支度を整え、まずは腹ごしらえ。昼ごはんを抜いているので腹ペコ四人衆のお通りだい!
広島と言ったらお好み焼き(広島風)、ハシゴしてやれ!とまずは王道?のお好み村へ突撃。
人気店の「八昌」は4人分の空きがなく、とりあえず座れる不人気店に落ち着いた。まずは2枚ほど注文。
以下、店員のおばちゃんとの会話・・・

店員「お客さんたち、いろんな店食べ歩いてるの?」
我々「えぇ、初めて来たので、これからそうしようかと」
店員「お好み焼きはひとり1枚が基本だから、そう言うのは店員に嫌がられるから注意した方がいいよ〜」
我々「・・・・・」

一同テンションガタ落ち。客がひとりもいなかった店にようやく来た客(我々)だが、店員もハッキリと機嫌が悪くなる。
だからって追加注文なんかしない。出されたお好み焼きなぞ美味しいはずもなく、無言でとっとと食べ「焼道楽」という店を離脱した。
お好み村ってそう言うことも愉しめる施設でしょ?初めて来た観光客になんという仕打ち。広島のお好み焼き屋はそんな気持ちで
客を受け入れてるのか?もしそうなら大阪のお好み焼きの方が美味しくなっちゃうもんね!(大阪もそうだったら承知しない)

気分を晴らすため、まだ行きたかった店に後ろ足で砂をかけ、お好み村を後にした一行は、店舗を構えている店を探しながら歩いた。
街はカープ一色で真っ赤になっている。どこも優勝セールだが、結果的に我々が得したことはなかった。

2軒目は若貴というお店にした。いろんなメニューがある居酒屋風かと思いきや、完全にお好み焼きしかございませんでした。
店員と対峙しなくてすむテーブル席に座った。ハシゴが受け入れられないならと、時間も時間なのと、良い加減お腹を
満たしたかったので、ここではひとり1枚注文した。素直に大変美味しく頂くことができました。

広島風のお好み焼きと言うと、今までは縁日の屋台で食べるくらいしか経験がなく、薄い生地で大量のキャベツとたまご、そばが
入ってるという印象しかない。そばも焼きそばのそば。しかし本場広島で食べたお好み焼きは、いずれも細麺だったのは意外。

お腹を満たして幸せを取り戻した一行は腹ごなしのため、夜の広島を散策するのであった。本当は早く寝たいんだけどね。。


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<iPhone 7>
かきオコ
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More・・・・・あと17枚、広島でのお好み焼きの写真があるけーのぉ!

by ymgchsgnb | 2017-09-25 22:22 | travel | Comments(4)
2013年 12月 16日

西国弾丸ドライブ 〜鞆の浦(2)〜

町を散策しはじめてすぐに、港に存在感ありありの大きな石灯籠が見えた。
近くへ行ってみると、レトロでおしゃれな鞆の浦カフェの前にそれはあった。常夜燈のようだ。
調べてみると江戸時代からある常夜燈のようで、他にも雁木、波止場、焚場、船番所という港のものが今でもあって
全て現存しているのは全国の港湾でも、ここ鞆港だけのようだ。
ついでに街路も江戸中期からまったく変わっていないという、時代に取り残されたと言ったら語弊があるけど、
昔のまんまのようで江戸時代はおろか、万葉集にも詠まれていたり、あの!魏志倭人伝にも綴られているとか。
日本の原風景のような街並でとても居心地が良い気がするのは、DNAに刻まれた日本人の証しか。

坂本龍馬も縁がある土地のようで、長崎から大坂に向かう海援隊の「いろは丸」と、紀州の軍艦「明光丸」が付近で衝突して、鞆港に曳航中いろは丸が沈没して、日本初の海難審判事故に発展したみたい。
紆余曲折あって、結局紀州藩が土佐藩に今の価値にして数十億円の賠償をすることで折れ、長崎で支払われたわずか8日後に、
龍馬は京都で暗殺されたという歴史。

そんな歴史ある街路を歩いていると、狭い路地に生活感漂う路地。車の往き交う道端では、おばあちゃんが海産物を売っている。
井戸端会議などもちらほらと窺えるが、このほのぼのとした風景も何時まで見られるだろう。
超高齢化が目立つ限界集落の行く末は?と思うと、消えて欲しくない光景だ。
いつまでも道端でおばあちゃんがイカの一夜干しを売っていて欲しい。

そんな光景や雰囲気が、宮崎監督の琴線に触れたのだろう。
他にも映画のロケが盛んに行われているそうで、売店のおばちゃんが「この前、ヒュージャックマンが来てたよ」と言っていた。
「ウルヴァリンSUMURAI」のロケで来てたんだろう。常夜燈の前で撮影してたそうですよ。

あと、良く目にしたのが「保命酒」の看板。昔ながらの造り酒屋もあったり、歴史的重要文化財もあった。
お土産に瀬戸内の養命酒こと保命酒をひとつ、小ちゃいの買ってきた。養命酒を飲んだことないから
比べられないけど、漢方のお酒って感じ。ちょっと甘ったるくて、なんとも独特の風合い。
養命酒は徳川家康に献上されたことがあるので江戸初期からあったようで、保命酒も同じ頃から製造販売してたみたいだね。
でも養命酒は医薬品扱いで、保命酒はそうではないようです。

最後に、かつての鞆城址、今では歴史民俗資料館のある高台に登ってきた。
暮れなずむ鞆の町が何とも言えない光景を放っている。しばらくぼぉ〜っと瀬戸内の海を眺めていたのだった。

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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
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More・・・・・あと18枚、鞆の浦での写真がありますよ!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-16 08:02 | drive | Comments(2)
2013年 12月 15日

西国弾丸ドライブ 〜鞆の浦(1)〜

三原を後にして、尾道をバイパスで抜け、福山に入って鞆へ南下してゆく。
はじめ、高台から鞆の町へ下って行くのだけど、いかにも「港湾」と言った趣きのある鞆の浦が見渡せた。
あれが「崖の上のポニョ」の舞台の町だ。

町へ近づくと、道の狭さが目立つ。映画公開後、こぞって観光客が押し寄せた時は、渋滞が絶えなかったという。
普通なら一方通行になるだろう道の狭さのところを、両方向から車が通行しているのだから大変だ。
車ではなるべく通りたくないような道の狭さだが、何とも趣きがあってクルマで通れたことにちょっと感動。

ポニョの舞台となったのは、(たぶんジブリの)社員旅行で訪れた宮崎駿監督がここを気に入り、実際2ヶ月も家を借り切って
自炊生活しながら構想を練ったという。
実際ポニョを映画館で観たけれども、鞆の浦を訪れた今、改めて映画を観たら感慨もひとしおなのかな。

駐車場にクルマを停め、散策しながら町へ繰り出してみよう。(つづく)

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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
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More・・・・・あと9枚、鞆の浦での写真がありますよ!!!

by ymgchsgnb | 2013-12-15 08:15 | drive | Comments(0)