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2018年 10月 08日

平成上洛物語 〜 寺田屋

月桂冠大倉記念館の見学を終えた一行は、次の見どころへ歩いて向かった。
かつての伏見城の外堀でもある濠川が、月桂冠に沿う形で流れていて伏見の風情を演出している。
伏見は大坂から京への玄関口だったので、この辺は船宿が立ち並び、船が行き交って賑わっていたようだ。

その船宿のひとつに向かって歩いていた。月桂冠から5分ちょっとで、寺田屋に到着した。
歴史好きならビビっときてると思うが、幕末に起きた2つの事件の現場であります。

まず1つめは1862年の薩摩藩志士粛清事件。簡単に言うと薩摩藩士らが同士討ちした事件です。
倒幕は時期尚早、公武合体を考える藩主の父・島津久光と朝廷が、過激派の精忠組を収めるべく、潜伏していた薩摩藩の定宿「寺田屋」に
鎮撫使を派遣して説得させようとしたが、鎮撫使側の道島五郎兵が「上意」と叫んで斬りかかったことから、同士討ちがはじまった。
有馬新七が道島を壁に押さえつけ、狼狽していた橋口吉之丞に「おいごと刺せ!」と命じ、2人ごと突き刺し絶命させたのは、よくドラマに出てくる。
そんなこんなで双方7人、のちに切腹させられた2人を合わせた9人が死亡。その後も粛清された者多数。
これが寺田屋騒動と言われているもの。

そしてもうひとつは騒動から4年後、1866年の坂本龍馬襲撃事件
薩長同盟締結から2日後、薩摩人として潜伏していた坂本龍馬が暗殺されそうになった事件で、深夜に伏見奉行の捕り方に囲まれた際
風呂に入っていた龍馬の妻・お龍さんがいち早く気付き、裸のまま2階の龍馬らに危険を知らせたことはドラマに描かれる名シーンだ。
高杉晋作にもらった拳銃で応戦して、辛くも逃げ出し薩摩藩邸に保護される。
ちなみにその後、傷を癒すため薩摩へ湯治しつつ潜伏。これが日本初の新婚旅行とされるが、実際は小松帯刀夫妻の方が先らしい。

こんな歴史的な事件が2つも起きた現場である伏見の寺田屋。当時、宿の主人は「またかいな・・・」と嘆いていたことでしょうね。
しかし嘆きも虚しく、ここは鳥羽・伏見の戦いの激戦地になるのです。寺田屋も戦火で消失してしまったそうです。
現在の寺田屋は再建されたようで、所有も寺田家ではなくなり、位置もちょっとズレて建て直されたものらしい。
400円の入館料を払わなかったので中は見てないが、弾痕や刀傷、お龍さんが入った風呂桶なんかもあるらしいが眉唾物か?

帰り道「キザクラ」の文字を配した車両が通りかかった。もしや?と見回すと、同じく木の塀に囲まれ看板に「カッパカントリー」と掲げられている。
黄桜もここ伏見の酒造メーカーだったのだ。黄桜といえば河童だからねぇ。
こちらはショップをちょっくら冷やかす程度に留めて、次の目的地へ向かう一行でありました。


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<Canon EOS 6D + EF24-105mm F4L IS USM>
寺田屋
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濠川と月桂冠
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伏見の風情
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旅籠「寺田屋」
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???
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カッパカントリー黄桜
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by ymgchsgnb | 2018-10-08 08:42 | travel | Comments(2)
Commented by ノブ・キタ at 2018-10-17 12:56 x
幕末の歴史最終ポイントだったな
Commented by ymgchsgnb at 2018-10-17 12:58
もっと見所あったんだけどな。


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